2014年からはじまった「によどがわオンラインストア」は2023年11月をもって終了することになりました。
当初は、まだまだ「仁淀川」の知名度も低く、「によどがわ」と読めない方も多くいらっしゃいました。
仁淀川町を知ってもらおう。素晴らしい商品を紹介したい。
そんな想いで「によどがわオンラインストア」を運営を続けてまいりました。
作り手の顔がわかる商品をお届けしたい。
そんな気持ちで事業者様のもとに何度も通い、取材を重ねて書かれたインタビュー記事を記録としてここに掲載いたします。
--:こんにちは。秋摘み茶の忙しいときにお伺いしてすみません。
池内:ううん、大丈夫。午前中はお茶摘みだけど、
昼からは製茶作業で時間が取れるから。
--:秋のお茶ってあんまり聞きませんが・・・。
池内:秋のお茶は安すぎて市場へ売ったりしないんだけど、
香ばしくて美味しいということで父の時代から好評で、
ずっと製茶して売っているんです。
--:池内さんのお茶はお茶栽培では珍しい無農薬・有機栽培ですが、
無農薬で化学肥料を使わない栽培をしようと思ったのはどうしてですか?
池内:20年とちょっと前、
一番下の子が心臓に病気があって三カ月ほど医大に入院になったんです。
病院にはいろんな病気のお子さんがたくさんいるわけですが、
その時、そんな病気のお子さんたちみんなに
口からはいるものだけは安心したものを食べさせてやりたいって思ったんです。
ストイックにね。
また、池内製茶では生葉の加工もしているんですが、
刈ったお茶っ葉を持ってきたお客さんから
「うちのは無農薬だから他のとまぜんといてね」と
言われたりしたことがあったんですね。
その時、そういったことにきちんとこだわる人もいるんだと気付いたんです。
それが20年前。
なんにも知らないけれど、無農薬でのお茶の栽培をやってみよう!と。
--:ご家族の反応は?
池内:大反対されました。
父からはお茶で無農薬は止めなさいって言われて、
主人からも無農薬でお茶はできんって言われて。
それでも、山の奥の方の小さい畑ならやってみてもいいということになってはじめました。
--:なるほど。
池内:自分1人で20アール(200平米)からはじめました。
最初はほんとになにも知らなくて、無農薬でやることと、
当時行政が推進していたEM菌という土を自然な状態に近づけてくれる微生物を使っただけ。
肥料も業者さんに聞いたらわかったんだろうけど、
聞かずに「やりたい!」っていう気持ちだけでやってしまって。
そしたら、一番茶ができるかできないかぐらいで、もう全然だめ。
最初の5年はひどくて泣きそうになってました。
お茶って「肥料食い」っていうぐらい肥料は必要なんです。
だから、有機の肥料を研究しながら栽培を続けていくと、
10年ぐらい経って木が強くなって、虫にもそんなにやられなくなったんです。
今は、有機のいい肥料や堆肥をいれて栽培しているんですが、
ある程度の量がとれるようになった、というところですね。
--:無農薬・有機は手間がかかるとききますが
池内:やっぱり雑草はすごい生えるからどうしても手間はかかっています。
だけど、手間がかかるだけかわいいというか・・・(笑)
他の畑よりどうしても行く回数も増えるからその畑がかわいくなっちゃって。
父にはえこひいきしちゃいかんと言われるけれど。
--:夏の雑草はすごいですよね。私も畑を2週間ぐらいなにもしてなかったら、
ピーマンと雑草が一体化していました。たいへんだと思います。
池内:たいへんだけど、やっぱりね、
農薬を使わないことでカエルがいてミミズがいて・・・
そんな畑、楽しいいじゃないですか。
雑草を取っているとたいへんだけど、ランナーズハイじゃないけれど、
どんどんやっているうちにハイになってきて、
悩んでいたことととかがパアーとわかったりひためいたりするの。
--:それはよくわかります。歩いていたり運動していたりするとよくひらめいたり、
つながったりするやつですね。
ところで、無農薬・有機栽培の特別栽培なのに
単価が普通のお茶と変わらないって驚きなんですが?
池内:お客さんや業者さんからは
安すぎると怪しいからもっと上げた方がいいって言われてますね。
ただ、もともと始めたきっかけが「商売」じゃなかったから、
この価格に落ち着いているんです。
最初は、農薬と肥料代が浮くからトントンだったんですよ。
特にはじめの頃は小さな畑だったから自分で雑草を取るので間に合ってた。
だけど、結局広くなって自分ひとりでは間に合わなくなって、
肥料も有機で作っていると同じぐらいかかっているんです。
まあでも、無理せずできているからいいかなと思って。
--:製茶屋さんで県下スーパーマーケットさんに
販路を持っているというのは仁淀川町でも池川茶業組合さんぐらいしか
知らないのですが、どのようにして販路を?
池内:父の時代に安居(やすい)渓谷にたくさん団体バスが来ていて、
そのときお茶の接待をしていたら、お客さんが買ってくれて、
それからリピーターさんになってくれました。
そのときは一番茶は静岡に売っていたから秋のお番茶を売っていたんですが、
そこから販売も考えるようになったというのがありますね。
それでマーケットさんもたまたま紹介していただいて、
きちんと話を聞いてマーケットさんが望んでいるものを作るよう心がけました。
いろんなニーズのお客さんがいるから、
それぞれのお客さんがほしいというお茶をひとつひとつ製品にしていったんです。
--:雑草のご苦労はお伺いしましたが、家族経営の製茶屋さんは
忙しいときは寝る間もなく聞きましたが…。
池内:寝る間もない、というほどはやってません(笑)
遅くても9時には終わるし。
やりたいこはたくさんあるけれど、
家族でやれることを、無理をせずにやっている感じです。
それに、雨が降ったら二日ぐらい休めるし(笑)
かえってお勤めができないぐらいですよ、
ぱっと自由に出て行ったりできるし。
--:なんだか特にたいへんというのはなく…。
あの、とっても楽しそうな雰囲気なんですよね、池内さんは。
池内:うーん、いやな考えは抹殺するの。
朝起きていやな時とかあるでしょ?
そういうときはすぐ考えるのやめるの。
前は、真剣にいうことを聞いてしまったりして
いやな思いになったときも、
自分の中で消すことを覚えたら楽。
--:なるほど。たいへん勉強になります。
十分充実した毎日のようなのですが、
将来やりたいことはありますか?
池内:娘がいまやる気になってきて、新商品の開発とかはまかせて
お茶を売る喜びとか、収入が増える喜びとか頑張ってもらえるといいかなと。
自分の夢はね、これまで関東の方に目を向けて売ってたけど、
もっと近くで西日本とか四国内で売っていきたいですね。
--:そうなんですね。関東から四国に目を移すって
ちょっとうれしいですね。
今日は楽しいお話ありがとうございました。